結果論にはなるが,バイクにこだわりのある人間としては,もう少しどうにかならんかったものかと,インカレのレースを思い出すほどに腹が立ってくる.
トライアスロンのドラフティングレースで,自分はスイムが遅いわけだから,「逃げる」のではなく「前を追う」のだということはちゃんと意識していた.しかし,集団がポツリポツリと1分ほどの間隔である状況を想像すると,集団が40キロ,追うほうが44キロとした場合に追いつくまでに10分かかる.そういうことから無意識的に「一人で行くのは厳しい」という頭があったのは否定できない.だからこそ集団のなかで一応落ち着いてから出る,そこにうまく乗ってくるやつが一人か二人ぐらいいることを期待してしまう.そうすると,パッと飛び出して展開が悪かったらまた様子を見よう,ということになってしまう.そうこうしているうちに今年の場合も,ひとつ前の大集団とわれわれの小集団の差が開いてしまった.ようするに,足の揃ったハイレベル集団でレースをしているわけでもないのだから,大学生のバイク力なんかに過剰な期待をした自分がマヌケだったのだ.
今から考えるに,正解は「とにかくはじめからガンガン行く」だったような気がする.自分がバイクスタートしてから5キロぐらいの間は,今回のレース中に主に属していた小集団に対しても追いかけたわけだが,これに追いついたときに「ここでいったん一休み」というか気の緩みがあった.このときにまだ緩めずに前を追って行き,20分ぐらいは170付近の心拍を維持してもよかったのだ.これまでの経験上そのぐらいなら持続できるはずだし,そこまで追ってみて,それから展開を考えてもよかったのではないか.そのぐらい行っておけば今回の場合おそらく大集団まで追いつけていたのではないかと思うし,そのあとの40分ぐらいを集団で廻していれば,普通に走れるぐらいまでは充分回復したのではと思う.
もっとレベルの高いレースで周りの力もわかっているのだったら,いったん集団で様子見でもよかったと思う.しかし自分はスイムが遅いからそんなレースに出ることはないし,これは大学生のレースなのだ.大学生でもスイムとランは速いから,ロング派バイク派の自分としてはバイクでメチャクチャにがんばるしかない.自分の特性を生かすには腹をくくって上記のような勝負をしないとなんの意味もなかった.
という気持ちに今はなっている.
2007年08月31日
2007年08月29日
インカレ前〜本番の報告
本業のほうが煮詰まりまくっており練習も含めあまり「遊んで」いる場合ではないが,とりあえず行ってきました☆アイアンマンJ−インカレ予選の連戦のあとの練習量は,
7月:S18.4k 6h03 B562k 18h40 R133k 10h11 Total 34h54
8月:S13.8k 4h47 B322.8k 10h15 R74k 5h41 Total 20h43
7月は,少ないながらも順調にこなせていたが8月頭に犬にぶつかったのが誤算で,練習量&体の状態にちょっと影響した.ただ,今年は去年のような「異常な体調の悪さ」がないのが救いだった.
インカレ本番:瀬戸内海っぽい感じのへんな流れで泳ぎにくく,目標を見失ったため予定よりも出遅れてしまった.バイクスタート直後にはある程度目安になりそうなところまで追いかけたので,体が落ち着いたらまた前に行く予定だったが,去年と同じく集団から抜け出すことはできなかった.集団のペースが42〜3キロのところで,自分なりに持続可能な46キロぐらいで抜け出すのだが,その程度だと完全に逃げ切れないので,戻って力を残したほうが得という状況になってしまう.これを繰り返すような感じで,「ショート域」での力のなさを感じた.ドラレースで千切るためには50キロがしばらく持続できるショート域の力をつけないと難しい.このへんはロングとの両立は難しいとは思うが…

バイク後半は集団のペースもだいぶ落ちてしまいラクすぎてなんのこっちゃ状態になっていたが,一つ前の大集団が2分も前に開いてしまったので,もはや飛び出ても意味がなかった.後から考えると,この一つ前の大集団が非常においしい集団で,ほとんど先頭集団まで追いつきそうなところまで上がった.途中での逃げを考えるよりもまだ差の少なかったはじめのうちに少々無理してでもこれを追うべきだったわけで,そうしていればリザルトが確実に2分違っていたはず.これも自分のドラレースの経験の少なさのせいといえるかも.そもそも,もう少しスイムがうまく泳げていれば労せずしてそこにいたわけだから,なんとも微妙.
気を取り直して,ランでは腰を高くわりと強度を維持して走れた.ただ,2.5キロ周回の2周目にペースアップしたものが3周目には脱水で頭痛がしはじめ,ヤバくなりかけて少しペースが落ちてしまった.とはいっても最後までソコソコ維持できたし,当日の気温は34度越えているが,体調のせいか去年ほどの暑さではないように感じた.という感じでゴール.
リザルト
全体としてみれば,スイムの展開が悪く,バイクの戦略を間違えた.しかし,去年のような「走っていると体がバラバラになってしまうような感じ」の体調ではなかったのでランでしっかり心拍数を上げられたし,自分としてはいい走りができた.ランは実走行40分弱ぐらいでちっとも速くないが,ロング志向の重量級なのだから自分としては満足.レース後,足底やヒラメ筋あたりの「支持部分」にはぜんぜん筋肉痛が来ないので,長期的な強化はできているみたい.
筑波大学としての結果は,結果だけみるとよくなかった.しかし個々の状況をみてみると,展開が不利に働いたり不運もあったわけで,期待以上に結果の出た人間もいる.みな現状の力を出し切ったとはいえると思う.やってきたことは間違っていないし,結果だけを根拠に失望する必要はまったくない.
という感じでした.
7月:S18.4k 6h03 B562k 18h40 R133k 10h11 Total 34h54
8月:S13.8k 4h47 B322.8k 10h15 R74k 5h41 Total 20h43
7月は,少ないながらも順調にこなせていたが8月頭に犬にぶつかったのが誤算で,練習量&体の状態にちょっと影響した.ただ,今年は去年のような「異常な体調の悪さ」がないのが救いだった.
インカレ本番:瀬戸内海っぽい感じのへんな流れで泳ぎにくく,目標を見失ったため予定よりも出遅れてしまった.バイクスタート直後にはある程度目安になりそうなところまで追いかけたので,体が落ち着いたらまた前に行く予定だったが,去年と同じく集団から抜け出すことはできなかった.集団のペースが42〜3キロのところで,自分なりに持続可能な46キロぐらいで抜け出すのだが,その程度だと完全に逃げ切れないので,戻って力を残したほうが得という状況になってしまう.これを繰り返すような感じで,「ショート域」での力のなさを感じた.ドラレースで千切るためには50キロがしばらく持続できるショート域の力をつけないと難しい.このへんはロングとの両立は難しいとは思うが…

バイク後半は集団のペースもだいぶ落ちてしまいラクすぎてなんのこっちゃ状態になっていたが,一つ前の大集団が2分も前に開いてしまったので,もはや飛び出ても意味がなかった.後から考えると,この一つ前の大集団が非常においしい集団で,ほとんど先頭集団まで追いつきそうなところまで上がった.途中での逃げを考えるよりもまだ差の少なかったはじめのうちに少々無理してでもこれを追うべきだったわけで,そうしていればリザルトが確実に2分違っていたはず.これも自分のドラレースの経験の少なさのせいといえるかも.そもそも,もう少しスイムがうまく泳げていれば労せずしてそこにいたわけだから,なんとも微妙.
気を取り直して,ランでは腰を高くわりと強度を維持して走れた.ただ,2.5キロ周回の2周目にペースアップしたものが3周目には脱水で頭痛がしはじめ,ヤバくなりかけて少しペースが落ちてしまった.とはいっても最後までソコソコ維持できたし,当日の気温は34度越えているが,体調のせいか去年ほどの暑さではないように感じた.という感じでゴール.
リザルト
全体としてみれば,スイムの展開が悪く,バイクの戦略を間違えた.しかし,去年のような「走っていると体がバラバラになってしまうような感じ」の体調ではなかったのでランでしっかり心拍数を上げられたし,自分としてはいい走りができた.ランは実走行40分弱ぐらいでちっとも速くないが,ロング志向の重量級なのだから自分としては満足.レース後,足底やヒラメ筋あたりの「支持部分」にはぜんぜん筋肉痛が来ないので,長期的な強化はできているみたい.
筑波大学としての結果は,結果だけみるとよくなかった.しかし個々の状況をみてみると,展開が不利に働いたり不運もあったわけで,期待以上に結果の出た人間もいる.みな現状の力を出し切ったとはいえると思う.やってきたことは間違っていないし,結果だけを根拠に失望する必要はまったくない.
という感じでした.
2007年08月28日
インカレ無事終了
36位でした.レース前後バタバタしてどうなることかと思ったけど,なんとか猛暑レースはクリア,当日は打ち上げに参加してゆっくりしました.くわしくはまた後日〜〜!
2007年08月22日
今週末はインカレ
学校のほうが大変が忙しく,バタバタしてますが今週末は香川県の観音寺でインカレです.とりあえずがんばってきます.
あと,広陵がいい感じです.春3回優勝ですが夏は40年ごとに決勝進出していづれも敗退,今回はいってほしいですね〜
あと,広陵がいい感じです.春3回優勝ですが夏は40年ごとに決勝進出していづれも敗退,今回はいってほしいですね〜
2007年08月17日
ご無沙汰です
忙しかったり尻が痛かったりで放置してました.
落車当日↓↓

3日後と11日後↓↓

青タンになっているところはぜんぜん痛くないので,筋肉の奥の方の血腫が表面にでてきたものと思われます.痛いところを触るとボコボコして不快です.
落車当日↓↓

3日後と11日後↓↓

青タンになっているところはぜんぜん痛くないので,筋肉の奥の方の血腫が表面にでてきたものと思われます.痛いところを触るとボコボコして不快です.
2007年08月08日
2007年08月06日
古いチャリをいまどき風に
ヨメさんのチャリの変速機構が合宿で壊れたため,このさいブルホーンにすればあまりお金がかからないで済むということで,さっそく交換.下ハンなど滅多に持たないしドラフティングレースに出るわけでもないから,こちらのほうがよい.手持ちのバーの先端を切り詰めて,いまどき風にまっすぐにした.

DHバーがもう少し長ければカッコいいのだが,本人は持ち慣れているからこれでオッケー.金もかからず軽量化でき,バーコンの変速は節度感があって確実だし,ブレーキの効きもよい.どうでしょか?

DHバーがもう少し長ければカッコいいのだが,本人は持ち慣れているからこれでオッケー.金もかからず軽量化でき,バーコンの変速は節度感があって確実だし,ブレーキの効きもよい.どうでしょか?
2007年08月05日
犬にぶつかりリタイア(笑)
彩湖道満トライアスロンというレースに出てきました.スイムでちょっと遅かったけどバイクはわりと調子よくてラクラクで走れていたのですが,30キロ地点をすぎたところで,藤原裕司さんのまん前で犬に激突落車して尻を強打してしまいました.しばらく痛みで動けなくて,なんとか再度バイクに乗ったのですが痛くて痛くてぜんぜん踏めず,バイク50キロのところでリタイア…家に帰り痛みがますますマスオさんで困っています.尻の筋肉は,ありとあらゆる動きに使っているということがわかりました.外見はたいしたことないのですが…

レースのほうは,35度近い蒸し暑いメチャクチャなコンディションでしたが,東北大の瀬川くんが藤原さんをランの中間ぐらいでかわして優勝.しかし,リタイアしたあと人が走っているのを見るのはつらいですね〜〜.手作りの大会で,ボランティアの人たちが暑い中がんばっておられるのにリタイアするのは申し訳ない気もしました.
犬はすぐにどっかにいってしまったのですが無事だったのだろうか?まったくひどい目にあいましたが,ネタ作りと思えばおいしいかも(笑)

レースのほうは,35度近い蒸し暑いメチャクチャなコンディションでしたが,東北大の瀬川くんが藤原さんをランの中間ぐらいでかわして優勝.しかし,リタイアしたあと人が走っているのを見るのはつらいですね〜〜.手作りの大会で,ボランティアの人たちが暑い中がんばっておられるのにリタイアするのは申し訳ない気もしました.
犬はすぐにどっかにいってしまったのですが無事だったのだろうか?まったくひどい目にあいましたが,ネタ作りと思えばおいしいかも(笑)
2007年08月02日
アンジー
アンジーといっても,ストーンズの曲でもアンジェリーナジョリーでもなく,'80年代後半にいた日本のバンドのこと.ぼくが高校2年のとき当時の彼女に教えてもらって,そのときすでに日本の音楽などはまったく聴かなくなっていたけど,よかったのですごく好きになった.人柄の感じはなんだか田舎の兄ちゃんみたいで,歌詞も独特で「ミミズ」「幽霊」「バンビの死」といった感じ,ボーカルの水戸華之介はバンダナにパンダの隈取り,ギターの中谷のブースカは金髪にスカートだった.そのアングラな雰囲気と裏腹にいい曲が多く,当時はけっこう売れかけていて「夢で逢えたら」に出演して「天井裏から愛をこめて」などをダウンタウンやウッチャンナンチャンと演奏したりもしていた.

東京に出る前は博多で活動していたらしくて,自分はどちらかというと,売れかけていたころのきれいな音のアルバムより,もっと以前の荒削りな音のアルバムのほうが好きだった.
一度ライブにも行った.ライブというものは箱の大きさに比例して盛り下がってしまい,大きなホールで本当に興奮するようなライブというのはめったにないものだが,彼らはビートがしっかりしていて真のライブバンドで,中ぐらいのホールでも相当盛り上がった記憶がある.博多では伝説的な存在だったらしくて,自分('72年生まれ)より上の世代の博多の人ならけっこう知っているのではないか?
その後'92年に解散してしまったらしい.さいきん急に思い出して聴いたりしているが,いまの自分にはもう当時のように何度も続けて聴くことはできないけど,バンドでもコピーしたし,「銀の腕時計」など聴くといい曲で青春の思い出がよみがえる感じ.ギンの銀の腕時計とかいって彼女とオソロの時計を持ったり,こっぱずかしいことをしていたような….去年ベストアルバムが出ていたらしい.YOUTUBEにも演奏がころがっていた.

東京に出る前は博多で活動していたらしくて,自分はどちらかというと,売れかけていたころのきれいな音のアルバムより,もっと以前の荒削りな音のアルバムのほうが好きだった.
一度ライブにも行った.ライブというものは箱の大きさに比例して盛り下がってしまい,大きなホールで本当に興奮するようなライブというのはめったにないものだが,彼らはビートがしっかりしていて真のライブバンドで,中ぐらいのホールでも相当盛り上がった記憶がある.博多では伝説的な存在だったらしくて,自分('72年生まれ)より上の世代の博多の人ならけっこう知っているのではないか?
その後'92年に解散してしまったらしい.さいきん急に思い出して聴いたりしているが,いまの自分にはもう当時のように何度も続けて聴くことはできないけど,バンドでもコピーしたし,「銀の腕時計」など聴くといい曲で青春の思い出がよみがえる感じ.ギンの銀の腕時計とかいって彼女とオソロの時計を持ったり,こっぱずかしいことをしていたような….去年ベストアルバムが出ていたらしい.YOUTUBEにも演奏がころがっていた.







